※2025年1月5日に成立したSocial Security Fairness Act of 2023により、棚ぼた防止規定(WEP)は廃止されることになりました。詳しくは「朗報!ソーシャル・セキュリティの棚ぼた防止規定(WEP)等を廃止する法律が成立」をご覧ください。
アメリカのソーシャル・セキュリティは、リタイア後の安定した収入を提供しています。しかし、厚生年金を受給する日本人には、棚ぼた防止規定(Windfall Elimination Provision、WEP)が適用され、ソーシャル・セキュリティの受給額が減額されることがあります。この記事では、WEPの概要、適用条件、減額の仕組みについて詳しく説明します。

棚ぼた防止規定(WEP)とは
WEPは、ソーシャル・セキュリティ税の対象ではない所得に基づいた年金(Non-covered pension)をソーシャル・セキュリティと同時に受給している場合、ソーシャル・セキュリティが減額 される制度です(老齢年金と障害年金のみ。遺族年金は対象外)。日本語では、棚ぼた防止規定と訳されます。Non-covered pensionは、ソーシャル・セキュリティの加入対象とならない年金制度のことで、連邦・地方政府の職員や教員などが加入する年金制度の一部や外国の年金制度が該当します。
厚生年金は、この外国の年金制度に含まれます。一方、WEPによる減額の対象は労働(Work)に基づいた年金制度のみなので、国民皆年金である基礎年金(国民年金)は、residencyに基づく制度とみなされ、WEP対象ではありません。基礎年金と厚生年金の違いは、ソーシャル・セキュリティ・アドミニストレーションの担当者がよく理解していない場合があるので、不要な減額をされないように注意が必要です。
さて、なぜ「棚ぼた防止」(Windfall Elimination)なのでしょうか。それは、ソーシャル・セキュリティが低所得者に手厚い設計になっていることと関係があります(ソーシャル・セキュリティ給付の算定基礎となるPIA(Primary Insurance Amount)とは)。例えば、州の教職員年金(ソーシャル・セキュリティ加入なし)に25年加入した人が、その後民間企業で10年働いて、ソーシャル・セキュリティの受給資格を得たとします。この人は、ソーシャル・セキュリティ税を納めた報酬履歴が10年しかありませんので、設計上、掛金に対して手厚い給付がもらえます。しかし、州の教職員年金からの受給もありますので、本来手厚い支給をすべき対象(長期にわたる低所得者)ではないはずです。その調整を行うのが、WEPです。
WEPによる減額
まず日本人にとってのWEPの適用条件を確認します。適用になるケースは、
ソーシャル・セキュリティと厚生年金を同時に受給している
日米社会保障協定による加入期間通算10年以上ではなく、ソーシャル・セキュリティの40クレジット以上(10年以上加入)による受給資格取得である(ソーシャル・セキュリティのクレジットが40未満で、日米社会保障協定による加入期間通算10年以上での受給資格の場合、WEP減額対象にはなりません)
の両方にあてはまる場合です。
以下に減額の方法を記載しますが、かなり複雑ですので、毎月の減額は「最大で587ドル(2024年)か厚生年金月額の半分の小さい方」とだけ認識し、読みとばして頂いても結構です。
計算の第一ステップとして、以下の表に示された各年のSubstantial Earnings以上の報酬となった年をカウントします。

そして次に、その年数が下表のどのパーセンテージ(WEP Adjustment Percentage)にあたるか確認します。

たとえば、調整後平均月次報酬(AIME)が7,500ドルの人の場合を考えてみましょう(調整後平均月次報酬(AIME)については、「ソーシャル・セキュリティ給付の算定基礎となるPIA(Primary Insurance Amount)とは」をご覧ください)。
Primary Insurance Amount(標準受給開始年齢(FRA)での年金月額)の計算(2024年)は、通常であれば、以下の通りとなります。
90% × $1,174 = $1,057
32% × $5,904 ($7,078 - $1,174) = $1,889
15% × $422 ($7,500-$7,078) = $63
PIA = $1,057 + $1,889 + $63 = $3,009
ここで、パーセンテージの変わり目となる$1,174と$7,078(ともに2024年)はベンド・ポイントと呼ばれます。WEPの減額では、一つ目のベンド・ポイント$1,174に適用される90%を、Substantial Earnings以上の報酬となった年数に応じて引き下げます。一つ目のベンド・ポイントが最も高い(手厚い)設計になっているからです。
Substantial Earnings以上の報酬となった年数が20年で、一つ目のベンド・ポイント$1,174に適用されるパーセンテージが90%から40%(最小)に下げられた場合、以下の計算になります。
40% × $1,174 = $470
32% × $5,904 ($7,078 - $1,174) = $1,889
15% × $422 ($7,500-$7,078) = $63
WEP減額後PIA = $470 + $1,889 + $63 = $2,422
WEP減額後PIA は$2,422と、通常のPIA $3,009に比べて587ドル少なくなりました。これをグラフに表すと、このようになります。

減額幅はNon-covered pensionの月額の半分を超えないとされています。したがって、毎月の減額の上限は「587ドル(2024年)かNon-covered pension月額の半分の小さい方」となります。たとえば、Non-covered pensionが毎月400ドルの場合、ソーシャル・セキュリティの減額は、587ドルではなく200ドルとなります。
その他に、
Substantial Earnings以上の報酬となった年数が30年以上の場合、減額はなくなります(表中のパーセンテージ90%は通常と同じ)。
遺族年金はWEP対象ではありません。したがって、WEP減額後の老齢年金を受給していた配偶者が亡くなり、もう一方の配偶者が遺族年金を受給する場合、WEP減額前の年金額満額を遺族年金として受給することができます。
WEPを踏まえたプランニング
まとめると、日米社会保障協定による加入期間通算10年以上を使ったソーシャル・セキュリティの受給資格の場合、WEP減額対象にはなりません。したがって大まかに言うと、ソーシャル・セキュリティが減額されるのは、 ソーシャル・セキュリティ税の支払い期間(Substantial Earnings以上の報酬)が10年以上30年未満の場合、かつ厚生年金とソーシャル・セキュリティを同時に受給する場合です。その際、毎月の減額は「最大で587ドル(2024年)か厚生年金月額の半分の小さい方」になります。
WEPの対象になる方のリタイアメント・プランニングにおいては、ソーシャル・セキュリティの受給開始年齢、受給額だけでなく、厚生年金の受給開始年齢、受給額を考慮することも大切です。WEPは、厚生年金とソーシャル・セキュリティを同時に受給する場合に適用されるからです。繰り上げ・繰り下げ受給はソーシャル・セキュリティ62から70歳、厚生年金60から75歳の範囲で可能で、様々な組み合わせがありえます。それぞれの受給開始年齢によって、増額率・減額率に応じてソーシャル・セキュリティ、厚生年金の受給額が変わり、WEPの計算に影響を与えます。
具体的にはこちらのブログ「ソーシャル・セキュリティと厚生年金:WEP減額による影響を小さくするには」もご覧ください。
当社では、WEPの影響も含めて、様々な受給開始年齢による受給額シミュレーションを活用したリタイアメント・インカム・プランニングを承っております。ソーシャル・セキュリティだけでなく、厚生年金のベストな請求年齢も検討することが可能です。お気軽にお問合せください。